出産の記録
やっと出産の記録をUPします。
ブログにしておくと楽でよかった〜(*^_^*)
これからは出産の記録、育児の記録もまとめてこっちに載せていきます。
思い出しながらなので、何度かに分けるか、あとからつけたしがあるかも。
★1月6日
この日は主人の体調が悪く、主人は仕事を休んで寝ていました。
主人が寝るついでに息子を昼寝させてくれるというので、私は用事を足しに一人で車を運転して出かけました。
まずはコンビニに行って、ミネラルウォーターやらジャスミンティーなどを買いました。
ジャスミンティーは私の大好物。
ジャスミンの花を切らしているので、さいきんはずっとセイコマの2リットル入りを買っています。
2リットルのペットボトルを5本、合計10キロ。
いつも12キロの息子をだっこしているので、何のことはないと思っていましたが、買い物袋を受け取ったときお腹に違和感を感じました。
なんだか力が入ってしまって、痛みが走ったような・・・?
それでも重いものを持ったりすることは日常茶飯事(本当はよくないんだろうけど)だったので、気にすることなく次の目的地に向かいました。
次の目的地とは片道30分の隣町(正確にはとなりのとなり?)へ。
いつもの行きなれた道を運転して、用事を足した帰り道の運転中、お腹がちょびっと痛いかなぁ〜という感じがしていました。
シクシクした痛みが少し続いて、そのうちおさまる。
そんな状態でした。
うちに着いた時には午後4時少し前だったような気がします。
それからご飯支度をして、主人と息子を起こして晩御飯。
晩御飯が終わって食器を片付けようと思ったのですが、お腹が痛くてちょっと休んでいました。
痛くなって、おさまる。
それを何度か繰り返していました。
普通なら陣痛を疑ったかもしれません。
でもタイミングが悪いというか、息子のロタウイルスが主人に移って主人が体調を崩し、私もその日下痢をし始めていたので私もロタにやられたかなぁと思っていたのです。
腹痛を伴う下痢のときも痛みと痛みのないときを繰り返します。
まさにそんな状態。
でもそのうち痛みの具合が激しくなってきました。
うーっとうずくまって痛みを耐える。
トイレに行って排便する(きたなくてすみません)。
痛みのないときは全然平気。
でもその間隔が短くなってきて、痛みもどんどん増していきます。
お腹の張りはなかったので、まさか陣痛だなんて思いもしませんでした。
主人と息子は9時ごろ就寝。
私一人痛みに耐えていました。
9時を過ぎたあたりから痛みはどんどんどんどん強くなってきました。
さすがにこの痛みは赤ちゃんもかわいそうだろうと思い、かかりつけの病院へ電話をしました。
かかりつけの病院までは片道約1時間強。
規則的な痛みはあるけれどお腹の張りは強くないし、家族が下痢で体調を崩していることを伝えると、先生は「ウイルス性の腸炎だろうから、近くの病院に行きなさい」といいました。
それでもまだ病院に行くことをためらった私。
痛みは強いけれど、我慢して我慢できないわけじゃない・・・・
確かに痛いけど、便がまだ残っている感じがするし、十中八九下痢だろう・・・
何度そんなことを頭の中で繰り返したか知れません。
それに、救急で見てくれそうな病院は1件のみ、しかも以前働いていたところだったのでいろいろな意味で行きたくなかったのです。
自分の親に電話をかけて、痛みがつよくてどうしよう・・・
と言っているうちに、痛みでことばを発せない状態に。
でも下痢の痛みだと信じて疑いませんでした。
電話では埒が明かないと、私の父親がタクシーでうちまで迎えに来ました。
事前に市内の病院にも救急でかかるかもしれないと電話をしていたようで、そのままタクシーで病院へ向かいました。
私の様子を見てタクシーの運転手さんも気が動転したのか、赤信号の交差点で止まれず(スピードが出ていてすべって止まれなかった)信号を無視状態で病院へ。
時間にして5分で到着。
信号無視と救急の場合の入り口がどこか分からない運転手さんを見て、父親が怒鳴っていました。
「怒鳴らないでよッ!・・・運転手さん、すみません」
と、痛みをこらえている私が何でフォローしなくちゃいけないんだよ〜と思いながらも運転手さんにあやまってから車をおり、病院へ入りました。
事前に連絡していたようなのですが、入り口に迎えがなかったことでまた父が激怒。
守衛さんを怒鳴りつけています。
(はぁ、しょうもないなぁ〜、疲れる・・・)
と思いつつ処置室(救急の場合はまずここなので)へ向かいました。
その途中、看護師さんが車椅子で迎えに来てくれて、車椅子に乗って処置室に入りました。
妊婦ということもありまず産科の先生を呼んだようで、先生が車で10分ほど待たされました。
その間も痛みは襲ってきましたが、看護士さんも私のお腹を触り「でもお腹はあんまり張っていないよね」と言っていました。
しばらくして先生登場。
産婦人科外来へ車椅子のまま移動し、外来の診察台に乗りました。
女性なら分かると思いますが、婦人科の内診をする為の台は脚を開いて仰向けになります。
お腹の痛みで足を開くのがかなりつらくて、体がよじれました。
その上外来は寒く診察台もひんやり。
診察台に乗っている間中、先生の文句が聞こえていました。
「ここでも分娩してるのに何でわざわざ遠いところに通ってるわけ?」
「患者さんのご都合ですから・・・」
「じゃあ何でここに来たの?」
怒り口調でまくし立てています。
(今そんなこと言われたってなぁ〜・・・そんな文句が出るような先生ならかかってなくて良かったよッ)
痛みに耐えつつそんなことを思っていました。
それから先生の内診。
乱暴だなぁ〜と感じた瞬間に先生の口から出た言葉は、
「もう全開じゃないの」
でした。
もちろんそれは子宮口が全開という意味で、分娩が進んでいるということです。
それから超音波で赤ちゃんの様子を素早く確認して、「推定体重1700gぐらいか・・・」という先生の言葉をききました。
救急でかかったその病院には小児科がありません。
以前はあったのですが、今は医師不足のためもうありません。
このままその病院で分娩しても、未熟児で生まれてくる赤ちゃんの処置ができる医師もいないし機械もありません。
そこで、旭川市の旭川厚生病院のNICU(新生児集中治療室)の先生を呼んで、分娩は救急でかかった病院、赤ちゃんはすぐ搬送するということになりました。
先生が旭川の病院に電話してどういう状態なのか話したり、分娩の為の準備を進める連絡をしているのがわかりましたが、痛みはピークに。
ストレッチャーに乗せられて、寒さのため毛布にくるまれました。
痛みで仰向けになれず、横向きにくの字になって痛みに耐えます。
準備が進んでいる間、ついてきてくれた父は先生に「ここでも分娩ができるのになんで遠くまで行っているんだ!赤ちゃんは助かるかどうか分からない!」と怒られていたそうです。
しばらくストレッチャーに乗せられたまま待たされ、これから産むのか・・・と体の痛みとは裏腹に、割と冷静に考えていました。
1月6日の時点で30週3日目。
これがまさか陣痛で、分娩になろうとは私だけでなく家族みんな考えてもいませんでした。
続きます。
ブログにしておくと楽でよかった〜(*^_^*)
これからは出産の記録、育児の記録もまとめてこっちに載せていきます。
思い出しながらなので、何度かに分けるか、あとからつけたしがあるかも。
★1月6日
この日は主人の体調が悪く、主人は仕事を休んで寝ていました。
主人が寝るついでに息子を昼寝させてくれるというので、私は用事を足しに一人で車を運転して出かけました。
まずはコンビニに行って、ミネラルウォーターやらジャスミンティーなどを買いました。
ジャスミンティーは私の大好物。
ジャスミンの花を切らしているので、さいきんはずっとセイコマの2リットル入りを買っています。
2リットルのペットボトルを5本、合計10キロ。
いつも12キロの息子をだっこしているので、何のことはないと思っていましたが、買い物袋を受け取ったときお腹に違和感を感じました。
なんだか力が入ってしまって、痛みが走ったような・・・?
それでも重いものを持ったりすることは日常茶飯事(本当はよくないんだろうけど)だったので、気にすることなく次の目的地に向かいました。
次の目的地とは片道30分の隣町(正確にはとなりのとなり?)へ。
いつもの行きなれた道を運転して、用事を足した帰り道の運転中、お腹がちょびっと痛いかなぁ〜という感じがしていました。
シクシクした痛みが少し続いて、そのうちおさまる。
そんな状態でした。
うちに着いた時には午後4時少し前だったような気がします。
それからご飯支度をして、主人と息子を起こして晩御飯。
晩御飯が終わって食器を片付けようと思ったのですが、お腹が痛くてちょっと休んでいました。
痛くなって、おさまる。
それを何度か繰り返していました。
普通なら陣痛を疑ったかもしれません。
でもタイミングが悪いというか、息子のロタウイルスが主人に移って主人が体調を崩し、私もその日下痢をし始めていたので私もロタにやられたかなぁと思っていたのです。
腹痛を伴う下痢のときも痛みと痛みのないときを繰り返します。
まさにそんな状態。
でもそのうち痛みの具合が激しくなってきました。
うーっとうずくまって痛みを耐える。
トイレに行って排便する(きたなくてすみません)。
痛みのないときは全然平気。
でもその間隔が短くなってきて、痛みもどんどん増していきます。
お腹の張りはなかったので、まさか陣痛だなんて思いもしませんでした。
主人と息子は9時ごろ就寝。
私一人痛みに耐えていました。
9時を過ぎたあたりから痛みはどんどんどんどん強くなってきました。
さすがにこの痛みは赤ちゃんもかわいそうだろうと思い、かかりつけの病院へ電話をしました。
かかりつけの病院までは片道約1時間強。
規則的な痛みはあるけれどお腹の張りは強くないし、家族が下痢で体調を崩していることを伝えると、先生は「ウイルス性の腸炎だろうから、近くの病院に行きなさい」といいました。
それでもまだ病院に行くことをためらった私。
痛みは強いけれど、我慢して我慢できないわけじゃない・・・・
確かに痛いけど、便がまだ残っている感じがするし、十中八九下痢だろう・・・
何度そんなことを頭の中で繰り返したか知れません。
それに、救急で見てくれそうな病院は1件のみ、しかも以前働いていたところだったのでいろいろな意味で行きたくなかったのです。
自分の親に電話をかけて、痛みがつよくてどうしよう・・・
と言っているうちに、痛みでことばを発せない状態に。
でも下痢の痛みだと信じて疑いませんでした。
電話では埒が明かないと、私の父親がタクシーでうちまで迎えに来ました。
事前に市内の病院にも救急でかかるかもしれないと電話をしていたようで、そのままタクシーで病院へ向かいました。
私の様子を見てタクシーの運転手さんも気が動転したのか、赤信号の交差点で止まれず(スピードが出ていてすべって止まれなかった)信号を無視状態で病院へ。
時間にして5分で到着。
信号無視と救急の場合の入り口がどこか分からない運転手さんを見て、父親が怒鳴っていました。
「怒鳴らないでよッ!・・・運転手さん、すみません」
と、痛みをこらえている私が何でフォローしなくちゃいけないんだよ〜と思いながらも運転手さんにあやまってから車をおり、病院へ入りました。
事前に連絡していたようなのですが、入り口に迎えがなかったことでまた父が激怒。
守衛さんを怒鳴りつけています。
(はぁ、しょうもないなぁ〜、疲れる・・・)
と思いつつ処置室(救急の場合はまずここなので)へ向かいました。
その途中、看護師さんが車椅子で迎えに来てくれて、車椅子に乗って処置室に入りました。
妊婦ということもありまず産科の先生を呼んだようで、先生が車で10分ほど待たされました。
その間も痛みは襲ってきましたが、看護士さんも私のお腹を触り「でもお腹はあんまり張っていないよね」と言っていました。
しばらくして先生登場。
産婦人科外来へ車椅子のまま移動し、外来の診察台に乗りました。
女性なら分かると思いますが、婦人科の内診をする為の台は脚を開いて仰向けになります。
お腹の痛みで足を開くのがかなりつらくて、体がよじれました。
その上外来は寒く診察台もひんやり。
診察台に乗っている間中、先生の文句が聞こえていました。
「ここでも分娩してるのに何でわざわざ遠いところに通ってるわけ?」
「患者さんのご都合ですから・・・」
「じゃあ何でここに来たの?」
怒り口調でまくし立てています。
(今そんなこと言われたってなぁ〜・・・そんな文句が出るような先生ならかかってなくて良かったよッ)
痛みに耐えつつそんなことを思っていました。
それから先生の内診。
乱暴だなぁ〜と感じた瞬間に先生の口から出た言葉は、
「もう全開じゃないの」
でした。
もちろんそれは子宮口が全開という意味で、分娩が進んでいるということです。
それから超音波で赤ちゃんの様子を素早く確認して、「推定体重1700gぐらいか・・・」という先生の言葉をききました。
救急でかかったその病院には小児科がありません。
以前はあったのですが、今は医師不足のためもうありません。
このままその病院で分娩しても、未熟児で生まれてくる赤ちゃんの処置ができる医師もいないし機械もありません。
そこで、旭川市の旭川厚生病院のNICU(新生児集中治療室)の先生を呼んで、分娩は救急でかかった病院、赤ちゃんはすぐ搬送するということになりました。
先生が旭川の病院に電話してどういう状態なのか話したり、分娩の為の準備を進める連絡をしているのがわかりましたが、痛みはピークに。
ストレッチャーに乗せられて、寒さのため毛布にくるまれました。
痛みで仰向けになれず、横向きにくの字になって痛みに耐えます。
準備が進んでいる間、ついてきてくれた父は先生に「ここでも分娩ができるのになんで遠くまで行っているんだ!赤ちゃんは助かるかどうか分からない!」と怒られていたそうです。
しばらくストレッチャーに乗せられたまま待たされ、これから産むのか・・・と体の痛みとは裏腹に、割と冷静に考えていました。
1月6日の時点で30週3日目。
これがまさか陣痛で、分娩になろうとは私だけでなく家族みんな考えてもいませんでした。
続きます。
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